第一章 言志録(ロ)

心の体上には、一念の留帯を著く得からず、即ち眼に些子も這の一念は但だ是れ私念のみならず便ち好き念頭も亦些子も著く得からず、眼中に些の金玉屑を放つも、眼は開き得ざるが如し。

良知を致し、意を誠にし、心を正しくした時は、即ち心の本体が、全うせられた時である。この状態に於いて、意志に発動して、他に少しも不純な動機を交えない時こそ、良知は是非、正不正、善悪の判断を直覚的に、下す事が出来るのである。

志士と謂うは、即ち道に志すの志也、即ち君子也。武道を磨き国家の共恩に報じ、父母の美名を顕さんと、心掛ける是志士也。

道を行う者は、固より困危に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成石身の死生なぞに、少しも関係せぬもの也。

先師陽明の学は、その始めはやはり言葉からは入っていった。やがて静坐の中から証悟し、夷狄の地に住み困難に対処するようになってから、発奮して本性をじっと持ちこたえて自らを鍛え、その悟りは始めて徹底した。

吾人は静坐を廃した事はない、もし静坐を用いる事で全て終わるとするならば、それは投槍と謂うべきで究極の法ではない。聖人の学は経世を主とし、本来世界と離れていない。

古、人を教えるのに蔵修游息(学記の語、学問に集中すると共に休息する事)と言ったけれども、門を閉ざして静坐せよ、と。と只管説いた事はない。

もし日々感応し、時々心を引き締め、精神が伸びやかで、生きいきとしていて欲にも、動かさなければ、静坐するのと同じ事だ。

日常の行動が無欲であるならば、静坐しているのと同じであるから、徒に静坐する必要が無いという論法は、陽明の事上磨錬と同じ思想である。

慈湖不起意の義を知るならば、良知が判る。意とは本心の働きで、水鏡が物に応じて、変化して働き、万物すべて照らしながら、自らは少しも動かないで如くである。

只、心を離れて意を起こすならば妄となり、千万の悪はみな意から生ずる。意を起こさないのは、此の悪の源を塞ぐのであって、所謂未萌の欲を塞ぐのである。

意を起さなければ、本心は自ら清く明らかで、思慮、作為を借りなくて、虚霊変化の妙用はは固より、そのまま現れる。真に本心の自然の働きを離れなければ意を起すという事もないのである。

心と意の二つは,始めから一つのものであるが、欲に眩んだ者には一つではなくなる。一つであれば心となり、二つであれば意となる。直であれば心となり分れれば意となり、通ずれば心となり、塞がれば意となる。

孟子の明心は孔子の母意で、意が無ければ、此の心は明らかである。好色を好み、悪色を二その良知の自然に従って、少しも作為がな無いのを王道という。作為がなければ意を起す事もなく、意を起す事もなく意は自ら誠である。

人倫事物の上に於いて自己を磨き、その不正を格しく帰する事、此れが無欲の工夫である。

慈湖は意を無くする事を、中核にしているが、やはり「念」を意と考えているのであって、死念法なのだ。意はどうしてなくする事が出来ようか。

天地の運行と謂う事になれば、万古一の如くで又、何の死生存亡があろうか、一本の木に例えれば、人や物はその花や葉で、天地はその根幹である。

花や葉が萎み枯れれば、ひらひらと散落するが、その根幹の生命力は本より自若している。ひらひらと散落するものに、何の関わりがあろう。これを「不亡」といえようか。

朱子の場合、この現実の世界は「理」が下降して気と交わり、その純粋性を穢された世界なのであって、天地万物が各々理を含むとしても、気によって成立する限り「粗」であり「糟」なのである。

明治維新以後、西欧諸思想的流入に依って旧来の漢学、儒教的教養は蔑視され、漢籍は古本屋の刊に埋もれた。明治初年の学制改革は、漢学をいわば一時廃絶せしめたのである。

「知者」というのは単によくものを知った人と謂う事ではなく、人格的に正しく且つよく人を知り、よくその人を用いる事の出来る人の事である。つまり有徳であると共に、有能な為政者である。「君子」とほぼ同義語である。

仁者は得(獲)る事、即ち物事を成就して、その利益を得る事を後回しにし、先ず以て難事を先にし、知者のように政治的な成功を、先に考える事はしない。

学問は歴史である。(経学も時代に依って変化している)

江戸時代以来、日本で陽明学者と呼ばれる人々は、厳密に言えば、陽明学の研究者ではなく、陽明が生きたように、生きようと努力した人達である。

熊沢蕃山の、武士大名に対する鋭い批判、大塩平八郎の、窮民に対する同情から発した反乱など、陽明学者は、強烈な宗教的心情に貫かれ、それを支えとして、庶民の世界に近づいて行ったのである。

陽明学は政治の衝に当る者が、それを避けて山林に逃避したり、読書講学すべき者が、静坐隠遁者と化したり、殊更世間的業務から、脱出しようとする事を、非難した。

宇宙に塞がるものは、唯一理である。学ぶ者はこの理を明らかにするだけだ、この理の大
きさは無限である。(陸象山)

道は至大、天地も至大、道は天地の本、天地の大も道と較べれば滄海の一粟にすぎぬ、君子はこの道を、小さなこの身に得れば、天地の始終は吾の始終である。(陳白沙)

陽明は自分とは心の見方が同じでない。自分の言う心は万物を体して、余さぬものであるから内外の別がない。陽明の言う心は胸中を指している、だから自分の説を外だという。(湛甘泉)

随処に天理を体認するという説は、大体の処誤りとは言えない。然し根源まで到達仕切るとすれば、風や影を捕まえる見たいであるのを免れない。仮令懸命に努力してみても、聖門の知良知の努力とは尚、少し隔たりがある。もし一寸間違えれば、やがて千里の誤りとなってしまうのだ。(王陽明)

王陽明には、個人的な人格修養の側面と、経世的な実践主義の側面が、共に存在していたが、王竜渓では、経世的側面が脱落する傾きがあった。そこで王綰は、この形成的側面を回復する事に、力を注いだのである。

(四有説)人間の本性は善なのだが、現実の人間は、悪い意志や悪い欲望に依って、しばしば支配されて悪に陥る。だから人間は、その至善なる本来の姿(本体)に、立ち帰る為には修業(工夫)こそ最も必要だ。

(四無説)人間の本性或は心の本体が、至善であるなら、その本体が外に発現したものが、意欲であるから、意も欲も無然無悪である筈であり、従ってその意、欲に基いて行われる人間の諸行為と、その行為の集積である、この世界の諸事、諸物も本来無善無悪であって、この世界には悪とすべきものは何もなくなる。

そこで、心の本体に立ち帰る為に、苦難に満ちた修行を要求する四有説とは違って、心の本体の至善である事を認識し、全くこの至善な本体に信頼する時、自由で明るい積極的な態度をとる事が出来る。

四有説では、人間の意欲に悪を見て、此れを絶滅しようとする、厳しい修業に向うが、それはやがて堅苦しい規範至上主義となって、溌剌たる人間性を圧殺する結果となる事も稀ではない。

四有説では人間の意欲にも至然な姿を認める。つまり人間の欲望やそれに基ずく、諸行為について善悪を越えた、自然な姿を見抜いたのである。

草木が生々と茂り、魚が嬉々と泳いでいるその自然な姿には、本来善悪が無いのと同様に、人間界も又、その本来の姿はやはり自然であって、善悪の彼岸にあると達観していたようである。

命を立てるのは、性を尽す所以である。目が色を見る時、背を以て視る如くであれば、目は色に引き摺られないで、視は明に止まるのである。耳が声を聴く時、背を以て聞く如くであれば、耳は声に引き摺られないで、聴は聴に止まるのである。

「良知を致す」事に依って、何か別の目標に到達するのではなくて、「良知を致す」という努力修業が、そのまま良知の本体を、現わしているのであって、工夫より本体に至るのではなくて、工夫がそのまま本体の働きなのである。

人は天地の心であって、天地万物は本来吾と一体である。人民の困窮はどれも我が身を切る痛苦として感ぜられる。民の飢え溺れるの見るのは、自分自身の飢え溺れと同様に思われる。

概ね、性霊を独抒して格套に係らない。自己の胸の中から、流出したのでなければ、筆を下ろそうとしない。

物は醸すと甘くなり、焼くと苦くなるが、「淡」だけはつけ難い。このつけ難い所に、文の真性霊がある。濃いものは再び薄く出来ぬし、甘いものは再び辛く成らぬ。「淡」味だけは、どんな味にもなる。このどんなにも成るのが、文の真変態である。

聖人とは、常人でありながら心を安ずる人。常人とは聖人でありながら、心を安じない人。

酔った人は無心であり、稚子も又無心である。無心であるが故に、理の置き所がなく自然の韻が出てくる。此の事から理は是非の窟宅で、韻は大解脱の場であることが解る。

仕えを離れて隠れたからには山に入って、身を暗ますべきだ。然るに人の世にうろつくから相次いで起こるのだ。

それぞれの人が、生業を営む中で良知を致す事、それが「学問」である。

大塩中斉(平八郎1793~1837)明末の儒者呂坤の「呻吟語」を読んで、感動しその学問の源流を求めて、王陽明を知るに至ったという。

大慧宗杲を朱子は「禅宗の侠」と呼んでいるが、そのキビキビした疾風迅雷のような禅風は科挙試験の道具と化した儒学に、飽き足らぬ青年師弟の情感を、沸き返らせる魅力を多分に、持っていたのである。

世俗的営利に超然として、一瞬一瞬に全生命を懸け、歴史的現実に対して、不屈の闘志を燃やす禅体験は、惰性的に、古典の読誦を繰返すに過ぎない俗儒には、到底見出せない、体当たりの身構えを、彼に教えたのである。そこには在り来りの智慧や、風習に捉われぬ、心魂の自由があり、生命の充足があった。

この人は、脇目も振らず只管心を此処に潜めている。初めて学問をし合った時には、酷く(一定の)理屈に拘っていたが、近頃は次第に角が取れて、日常の場で工夫に専念している。もし此のまま次第に熟達するならば、本体と作用が合致するだろう。

己が身の事よりも、さらに憂うべきは、祖国の前途である。
戦国の乱世に、正論を吐くが故に、楚の国を追われ、祖国への絶ち難い愛情に、胸を掻き毟りながら、遂に湖水に身を投じた、屈原の姿が鮮やかに朱子の脳裏に浮かんで来る。

本来、心は活発流行、典要なく、格式なく、和豫円通(のびのびと自由)なるものにて候。
(中江藤樹)

理はしばしば天理と呼ばれるのである。理は道理として人を引き寄せ、理念として人を実践的に駆り立て、倫理として人を勇気づける。

天下が治まらない訳は、虚文が栄えて実学が衰え、人々が勝手な意見を出して、新奇を競い、世俗を騙して名声を追い、本実を尊び淳朴に変える事を忘れた所にある。

陽明の憂慮は、自己自身にあったのではない。相次ぐ匪賊の蜂起と大規模な戦乱に、民生は途端に喘ぎ、災害相次ぎ、治安は年々悪化しているにも拘らず、私欲の満足と権力闘争に明け暮れる官僚政治家に、度し難い心術に深い怒りを覚え国家の前途を危惧せずには居られなかったのである。

若き日の陽明像を「超侠不羈」(手におえないきかん気の人間)であったと。

陽明は泰山の髙きよりも、平地の大なるを目指せ、と弟子に教えた。

我が友、大塩平八郎は陽明学を好んでいる。私は彼と学問を論じた事はないが、その人柄が豪傑だから必ずその学問に依って世間に立つべきだと期待している。世用に立つのは、結構なのだが、良知に名を借りて明・清辺りの陽明学者のような、無軌道な事はしないに違いない、と期待している。「頼山陽」の

善悪は我々の目的と手段との、交渉する相対的境地であって、真は境地を超脱した絶対的風光でる。
善悪の境地は厳粛で険しいが、真の風光は無碍自由である。

境遇や手腕や汚い動機からいくら大きな事業をしたとて、そんなものに真の意義を求める事は出来ない。唯個性の発揮、人格の完成にこそ絶対的価値がある。此の意味よりして、不義の富貴は真に浮べる雲に過ぎない。

陽明学に依って、その真骨頂を養ふた人物が、総て卓然として富貴も淫する能はず、貧賤も移す能はず、威武も屈するを能はざる底の、大丈夫的風格に富んでいるのは、誠に必然の理由がある。

古来聖賢は事功を語る事が少ない、何となれば私の情欲上から遣ったのでは、多途たとへ如何なる大事業も、畢竟夢中の伎倆に過ぎなかったからである。

即ち大人の自己は能く、天理萬物を包容するに反して、小人の自己は僅かに形骸の外に出ることが出来ない。仁とは能く対象と一つに為る作用である。

一度、小我を脱却して大我に入れば、衆生の病は直ちに彼の病である、衆生の喜びは即ち彼の喜びである。此の故に、衆生にして一人でも救はれざる限り、彼は間適するを得ない。そこに真人の廻向返照の生活が始まる。

かくて人間の生活は真に無限の活動である。人は天地の心、天地萬物とも吾と一體であり、生民の困苦茶毒は直ちに、吾身の切なる疾痛である。

世間の習俗が、因習に捕らわれ、形式に堕して低級な功利的生活に、汲々としている間に、我が党の小子は流石に志も大きく、人間が純直で世間の富貴や名利が、人に何等本質的価値があるものではない事を、悟って能く学問を愛好する。

然しながら、其の富貴や名利を排斥すると共に彼等は又、ともすれば人間社会生活そのもの、少なくともその生活に於ける、外面的規範を否定し易い。勿論それは因習に化石せる者よりは、勝れているが、互にまだ道を得て居らぬ事は、同一である。
(即ち、形式に捕らえられるな、但し同時に放埓にならぬよう戒慎せよ。)

かくの如く彼は周到なる智慧を以て、遥かに真無限の風光を指示し乍ら、飽く迄も峻厳なる善の生活を提唱し、その間に秀麗なる南国の自然を背景として、床しい美的教育を試みた。是れ所謂陽明学の真髄である。
隋って書斎より街頭へ、書斎より自然へは、彼の弟子の不断に躬行した所で、惹いてその溌剌たる精神が、後世幾多の偉大な社会活動家を、輩出したのである。

部分的欲求は、必ずしも全体的欲求と一致しない。そこで善とか悪とかの判断は、部分が全体に対する関係に於いて、始めて現れる事が分る。

人々は兎に角心性を養う、工夫には怠慢で官能的享楽ばかり苦心し易い。然し真の楽は常に心性を養ひ得て、始めて享受する事が出来るのである。

盲目的に或は功利的に之を信ずるのは、何等の道徳的意義もない。聖賢と謂う事が、既に無数の衆生に、大なる感化を与えた、表面的事蹟の故に、捧げられたる名ではなくて、真の自己に生きた人、その人格を単に此の「身區殻的」自己に止まらずして広く世間の衆生、若しくは禽獣草木の類まで、包攝し得る程、曠自由に為し得た人を謂うのである。
表面に現れた事業能力の大小等は、決して第一義の問題では無い。
其の自己・性・天理・良知に率って生き方が、第一義である。

事業の成否等は到底、第二義・第三義の問題で、善の本質は何よりも先ず、真の自己に生きる事、止むに止まれぬ、内面的必然性の深い欲求を率ふ事、誠の生活をする事である。

古来英雄、豪傑と云われる人も、最後の審に於いて、お前は真実に自分で何事をなし得たか、と聞かれて茫然自失せぬ者が幾人あるか。
人生窮境の問題は、我が義を知るより他にはない。これを「明徳を明らかにす」と謂うのである。革命と謂う事の真義も命を革む=明徳を明らかにす、即ち我が我に返る意味に他ならない。

欲求其の者を厳密に考えると、本来何等善悪あるべきものでない。然るに心は単一の欲求では無くて、欲求の體系である。隨って茲に全体的欲求と部分的欲求との関係が生じて、後者は常に前者に依って、制約されていかねばならない。

真己の発揮とは即ち、この全体的欲求に従うの謂いである。ところが、體系が複雑に為るにつれて、この全體的欲求は、必ずしも明切なる力となって、我々に現れてこない、往々にして我々は部分的欲求、彼の所謂「己私」に偏し易いこと、譬へば漫りに口腹の欲を縦にしては、身體の健康を損なうようなものである。

そして、かの「真己」を逸して「己私」に馳せて居る中に、孔子の云える如く習いが性となって、我々の真己は全く壅蔽され、空しく私欲の横行に任ずる劣悪な品性が、築き上げられて了ふ。

志と謂う事を、決して軽々に視る事は出来ない。志は精神活動の大統力である、即ち之を「気の師」と謂う。これ人の命であり、木の根であり、水の源である。水源が深くなければ、流れは息み、根が樹たねば気は枯れ、命が続かねば人は死ぬ。それと同じく志し立たねば精神は活動しない。

人生に苦悩が多いのは、畢竟我々の心が、あらゆる方面に於て矛盾、衝突、停滞を続けているからで、かかる支離滅裂の心的生活を、進んで統一し純化せんとする事を「志を責む」或は「志を立つ」と云うのである。

功利の毒が幾千年の間に、人の身體まで浸み込んで、何でも手段的に視る事が、殆んど人間の、本質的傾向に為っている。此れが現代の最も深い病弊である。

此の間に在って、深く聖学に志し良知を體現して、自由なる人格を打成せんとする者は、能く幾千年来の因習の鉄鎖を断って、憤然その奴隷生活を排脱せんとする、真の「豪傑」でなければならない。

彼に在っては、内面的に多事なるばかりでなく、同時に又、世間の非難迫害を限り無く包容する覚悟が要る。

人間は常に自己を欺いては成らぬ、「誠」とは他に対して云う意味ではない。自ら欺かぬ謂いである。我が我を知る意味である。

国家が頽廃しているならば、その国民たるものは、是非とも之を有道に改革しなければならぬ。それは、国人が斉しく分相応に、改革に参与する事に依って、行なわれる改革である、革命と云うような事は、決して少数者に依って、その設計どうりに行くものでない。必ず国民精神の高潮に棹ささねばならぬ。国民の道徳的自覚を根柢とせねばならぬ。

文を学んで韓愈、柳宗元となるも文人たるに過ぎず、詩を学んで李白、杜甫に至るも詩人樽に過ぎず、我々は果たして心性の学に志すならば、顔子、閔子を以って目標となし、第一等の徳業を為すべし。

人が聖賢に成るという志がなく古人の事迹を見て、迚も及ばぬと諦めるのは、戦いに臨んで逃げるよりも、まだ卑怯だ。

要するに人は浅はかな自分の智慧、才覚を用いず天の判断計らいに任せて大船に乗ったつもりで、やって行けと言うので。陽明ははそこを「人間命に達せば自ら灑落遷を憂ヘそしりを避け、いたずらに啾々せんや。」

(世の中には、人の計らいでどうにも出来ぬ、自然の命というものがある。此の命を呑込むならば、灑々落々綺麗さっぱり心のうち何の障があろうぞ、それに何ぞ誰が讒訴した、誰が悪口を付いたと、ひそひそと悪疾愁嘆に、日を過ごす馬鹿があろうか。)

全體世の中で、我々が煩悶すると謂うのは、殆んど全てが得失栄辱の四つから来る。都合よく成功し、大儲けしたとか、その反対に失敗をなし、大損をしたとか、立身出世したの、恥を被ったのと、毎日やきもきと騒ぎ回り、塞ぎ込んで一日片時も落着かぬのである。

聖人の道は我が性、即ち我心の上で、十分に足りて不足はない。是まで外に向かって、道理を物事の上に求めたが、其は誤りであった。

山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し。自分が賊を平らげるのは何も珍しい事は無い。諸君が各々の心や腹に巣食うて居る賊を、打ち掃うて平定の結果を収めるならば、此れこそ誠に大丈夫の上に又とない、偉績であろう。

「知者は惑わず、仁者は憂えず、とあるのに君は亦毎日、二つの眉にしわ寄せて、くよくよするのは何事か。足の出る間に歩みば、何処を歩いても坦々たる大道だ。」

天の御指図に任せて行動して行けば、最早それは人間の計らいではないぞ。諸手で天地を持差上げようという大丈夫が、自分と我が身を縛って、牢屋の隅に小さくなって居る、囚徒のように、人の顔色や噂を気に掛けて、それで男が立つのか!」

拙者の此の良知の説は、百死千難より得来ったものである。死ぬ日は百度も出遇い、困難を千度も切り抜けて、その間から実験体得したものだ。而も諸君はフン左様かと鼻先で事も無げに受入れるから、折角の良知が良知に成らぬ。

良知は是れ造化の精霊は天を生み、神を造り、天帝を造るモノで、真に絶対であります。

断へざる活動を最も善なる事とし、怠惰(怠ける事)を根本的な悪と致します。

人間に善からぬ、私欲が出て来るのは、土地の上に積もる、塵のようなもので、一日掃除せずば、一日だけ積もって来る。

人は常に女色を好み、金銭を好み、名誉を好むと謂うような私欲を、一々猫が鼠を捕るように探して、探し出したとなると、大勇猛心を以て、之を打ち払はねばならぬ。

精神一到何事か成らざらん、陽気発する所金石又透る。

陽明学は働く方を第一義とする。

西郷南洲は、過ったと思ったら一歩先に、踏み出せと言っている。過ったら更に進んで一層善い事をする。そこで進歩と光明がある。

飲食は我が身を養ふ程に食べるから消化する。食べ過ぎれば食傷するから身体の害になる。学問するものも聞き過ぎ読み過ぎて、頭の中に滞積すると食傷の病気が起る。

戦は何の術もない、但だ此の心を養うて動かないのが術だ。人の智能は左程相違はない。勝敗は此の心の動くと動かざるとで定まる。

先生は何時も確りした足取りで務め励み、真から学問を好んで居られた。老衰なさってからでも、読書を辞められず、人材の育成に熱意を持ち、昼夜疲れを見せられなかった。病気で体力が衰えても、必ず門人を病室に招き寄せ、無理に起き上がって一緒に研究なさった。

その生活態度は極めて几帳面で在りながら、同志や知人の不幸には手放しで涙し、順縁に驕らず、逆縁に挫折しない彼の人柄であった。

学問を修めるには、まさしく心を専一とし、志を尽くさねばならぬ。

患難な境遇に在っては、その境遇に相応しく振舞う。

君たち兄弟(三人)はみんな窮屈で慎重すぎる、もう少し気を楽にするがいい。慎重なのは勿論結構だが、窮屈過ぎると道理が十分に分らないし、物事を処理するにも、往々せっかちになる。道理は一面だけでなく、四方八方に気を配ってこそ、やっと理解できるものなのだ。

今日の文人や才子は、口を開くと国家の利害を説き、筆を取ると政治の得失を述べるが、詰まる処何の役に立ちはしない。只管道理を究明して人心を正し、世間に義理を理解する人を増やしたら、政治の不振を心配する必要は無くなる筈だ。

学ぶ者は「志士は(死して)溝谷に棄てらるゝ覚悟を持つ」と謂う事を常に信念としなければならない。そうすれば、道義を尊重して死生を思い煩う心が軽くなる。

況して衣食は、極めて些細な事で、それが(十分)に得られなくても、死にると限ったものではない。何故に道義を踏みにじり、本文を忘れ心をすり減らし、志を捨ててまであくせくと、衣食を求める必要があろうか。
とあくとのかん
私から見れば今日の人々は苦労に耐えられないが為に、其の本心に背くに至るものが多い、気を付けなければならぬ。

ともかく先入主持たないで書を読まねばならぬ。道理がとことん良く解るならば、自然に(先人の説に)ケチをつける弊害も無くなる。他人と自己とを分け隔てする、私意も無くなって自然に快活になる。

到知と誠意は、学ぶ者の二つの関門である。到知は夢と覚との関門、誠意は善と悪との関門である。到知の関門を通れば覚、通らなければ夢である。誠意の関門を通れば善、通らなければ悪である。

到知誠意以後の工夫は、やや反省すればつぎつぎと開ける国を治め天下を平らかにするとなると、規模が一層広いから、必ずとことん見通さねばならぬ。

「大学」に「所謂その意を誠にすとは、自ら欺くなき也」とある。善を為して悪を除くべきだと知りながら、心が発現する場合に、誠実でない事を自欺という。

心と謂うものは、簡単に捉えられない。心は例えば水のようなもので、水の様態は元々静澄なのだが、風波が止まない為に、水も動くのである。必ず風波が止んでから、水の様態は静かになる。

人の無様で汚いのは、皆意が誠で無いからである。此れを除いてこそ、その心を正す事が出来る。

心がすっかり正しくなってから、所謂好悪、哀矜、修身、斉家の中に説く処のものは、皆なければ成らない事になる。只、折に触れてその頑なさと、偏りとの私心を、反省しなければならないのだ。

仁を求める要領は、その仁を損なうものを、除去するだけなのである。

人欲の本を抜き取り、その源を塞ぎこれに飽く迄勝ち抜いて、一度迷いが取れ、人欲が尽きて理義が純化するに至れば、その胸中に存するものは、天地が物を生じる、純粋な心であって、温かい春の日差しのような、和やかさがあるに違いない。

内に籠って徳行を成就すれば、一理とて備わらざる物はなく、一物も包まざる物はない。物に感じて事理に通じれば、一事も理に当らざる物はなく、一物もその愛を受けざるものはない。嗚呼、仁の徳が一言で、性と情の妙を尽し得る理由は、其処に在るのである。

天地開闢以来、多くの人が生れたが、自己の本文を尽した者を探すとすれば、千万人の中に一人、二人も居ない。

気魄の無い聖賢など見た事がない。

漫然と思慮しても、何の役にも立ちはしない。思うにもはっきりと道理が分るなら、自然に道理が分るものだ。思慮がごたごたする訳は全く道理が分らないからである。

「天か何をか思い、何を慮らん」というのは、無駄な思慮が無い事を云うのである。

書物を読んで義理が分る為には、是非とも胸中を広々し捉われることなく、明快にさせなければならない。又効果を直ぐ求めるべきではない。

効果を求めるや否や、思案の気持ちが生じる。いつもこんな具合だと胸中が団子の塊のように欝積する、それ故胸中伸び伸びとさせてこそ宜しいのである。無駄な思す案をしながつづきないようにし、只義理を味わう事に専念するならば、心が純粋になるだろう。

心がいつも敬していると、四体は自然に引き締まり、意識して加減するまでもなく、四体は独りでに伸び伸びします。意識して加減すると、長続きしないで弊害が生じます。

人が学問を修めるには、凡ゆる事に中心がなければならない。程先生が「敬を保つ」と説かれたのは其の為である。

もっぱら心を保持して、それを明るくさせるならば、何でも見えないものはなく、暫くするうちには、自然に剛健でビクともしなくなる。

敬はじっと座り、耳は何も聞かず、目は何も見ず、心は何も考えないで、始めて之を敬と謂うのではない。慎み深くして決して、我儘にしないだけだ。

このようにすると心身が引き締まって、慎ましやかになる。何時もこのようにするならば、人品が自然に変る。此の心を保持してこそ、学問を収める事が出来るのだ。

いつも静かに出来るというものではない、事物が生じたら、ぜひ応対しなければならぬ。人がこの世にいる限り、事物の生じない時など在りはしない。

事物を無くそうとすれば、死より他にはない。朝から晩まで色々な事が起るものだが、(かと言って)事物がとかく心を乱すので、自分はしばらく静坐するなどと、言ってはならない。

敬はそんなものではない、もし事物が眼前に来るのに、自分では静を主としようとして、頑なに応対しなければ、心はすっかり生気を失ってしまっているのである。

事物の生じない時は、敬は心の中に在る。事物が生じる時は、敬は事物の上に在る。だから事物があっても無くても、敬は途切れる事はない。

例えば賓客に応対する場合、敬びは応対の上に在る。賓客が去った後は敬は、又心の中に在る。若し賓客をいやがって、其の為に煩わしく思うなら、これこそ自分で乱れるのであって、敬と謂うものではない。

敬は徹頭徹尾の工夫である、物に格り知に致らしめる事から、国を治め、天下を平らかにするまで、全てこの他には何もない。

絶えず心を保持し、胸中が落ち着いて、曇りが無いようにせねばならぬ。もし、じっと独り座り込んで、敬を守るだけなら却って暗くなる。何時も心を保持し、物事に出会ったらすぐにはっきりと、その是非を分別せねばならぬ。

今日の人は、書物を読むのに、多読に務めて精読しようとしません。その為努力するものは、せかせかしてゆったりとした喜びがなく、気楽にやるものは取り留めもなく、引き締まった努力をしません。

学問は、必ず「大学」を先にし、次に「論語」次に「孟子」次に「中庸」を学ばねばならぬ。「中庸」は工夫が精密で、規模が広大である。

私は人々が先ず「大学」を読んでその規模を定め、次に「論語」を読んで、その根本を立て、次に「孟子」を読んで、その発現するのを見、次に「中庸」を読んで、古人の微妙な処を求めねばならぬ。と思っている。

「大学」内容は順序、次第があり、纏まって理解し易いから先に読むがよい。「論語」は充実しているが、言葉に纏まりがなく、最初に読んでも難しい。「孟子」は人心を感激させ、発展させる所がある。「中庸」は読み難い、故に上の三書を読んでから、中庸を読むのが良い。

きかの仏教となると、君親に背き、妻子を捨てて、山林に入り、生命を捐てて、空無寂滅の境地などと謂うものを求めて、(世間から)逃れる。

その度量も狭ければ、その行き方も逆さまである。だが、その志の立て方と専一な力の用い方とは、大いに常人に勝っている所があるので、遂に望みどうり実際に体得出来る事がある。

只其の言行から考えると、其の体得している所は、玄妙至極で、思慮や言葉で行き着く事は出来ない処がある、と自認してはいても、儒教で言う処の、天地を極め古今に渡り疑うべくでもない、本然の実理と謂うものに就いては、却ってぼんやりとしていて、何も見ていないのである。

直指人心を自認してはいるが、実は心に就いて知りもせず、見性成仏と自認はしているが、実は性に就いては知ってもいない。

そこで人倫を無視し、禽獣の境地に堕落しても、尚、まだ自分ではその非に気付いていない。仏教は元々自己の父母を見捨てているのだから、どんな道理を説くにしても(実生活には)役立たない。
こういうものこそ、自分で断ち切るべきである。

儒教では、心は虚であっても理は実である。仏教では、(心は)ひたすら空寂に成り切ってしまう。

孝子で親に深い愛のある者は、必ず晴れやかな顔をして居り、晴れやかな顔をしている者は、必ず柔和な様子をしている。

人心惟れ危うく、道心惟れ微なり、惟れ精、惟れ一、允に厥の中を執れ。(人心は、悪に陥る危険性を孕み、道心は微妙で確定しにくい。だから心を純精に一筋にし、中正の道を執るように。)

志を持すると謂うのは、心に痛苦があるようなもので、心がその痛苦に苦しめられている限り、無駄話をしたり、無駄な事に係り遇っている、余裕など在りはしない。

人欲去り天理を存する、と謂う事を離れて工夫はあり得ない。静の時も一念一念に人欲を去って、天理を存する事。

これ在るのみで静謐であるか無いかは、問題とするに及ばない。もし静謐とやらにのめり込むと、次第に静を好み動を厭う弊害が生じて来るだけでなく、自己の従来の欠点もそこに伏在したまま放置される。


結局それらは断ち切られる事無く、事に臨んで行動に及ぶや、元どうりに表面にのさばり出て来るのである。理に循う事を第一義にしさえすれば、必然的に静謐になるのである、が静謐を第一義にしてしまうと、理に循うと謂う事が往々忘れられてしまう。

志を立て修道に努めるのは、樹木を植えるのと同じだ。根芽の始めには幹茎はまだ存在せず、幹茎の段階にはまだ枝がない。枝が出て始めて葉が出、葉が出て始めて花実がなどなる。

最初の種蒔きの段階では、只管土を寄せ、水をやれば良く枝や葉や花や実の事に思いを馳せる事はない。実在しない物に思いを馳せて見たって、何のプラスも得られない。只栽培に力を入れさえすれば、枝葉花実の先の事は、心配するに及ばないのだ。

「中正な所」とは天理に他ならない。同時にそれは易でもある、時勢に随って変易するものであるから、どうしてそれを保持し続ける事が出来よう。事は何よりも時宜に応じて、正しく対処すべきであって、予め一定の方式を取り決めて置いた処でどうしようもない。

後世の儒者などは、何事につけ道理とやらをそのまま丸ごと押付け、格式を固定させたがるが、これこそ正しく「一方だけを固執する」と謂うものである。

善念が保持されている、それが他ならぬ天理だ。その念が、今、善であるのにそれ以上どんな善を望むのか、その善が悪でないのに、それ以上どんな悪を去ろうというのか。

念とは謂わば、樹木の根芽であり、志を立てると云うのは、その善念伸ばし立てる事が発出である。「心の欲するままに従って矩を越えない」と謂うのは、志が熱し切った時の事だ。い

精神、道徳、言動は概ね自己の内に収斂せしめる事を、第一義とする。外に発出するとしても、それは止むに止まれぬ物があって、そうする事である。宇宙万物皆そうである。

喜怒哀楽の本来の在り方は、元々「中」且つ「和」なるものだ。そこに自己一己の思惑が絡むや否や、過となり、不及となり、つまり「私」となる。

「己に克つ」というからには、(私欲)からりと掃い除き去り、微塵だに取り残さないように、するのではなくては駄目だ。ほんの少しでも取り残すと、諸々の悪が次々と、そこに引き寄せられてくる。

学ぶ者は、先ず自己が当面努めるべき事を、第一の急務にしなければならない。

心はいわば鏡だ、只聖人の心は明鏡であり、常人の心は曇った鏡である。

近世の(朱子)格物の説は、鏡で物を映す場合に例えれば、映す事に功夫を集中するだけで、鏡が曇って居るかどうかを、問題にしないと謂うのだから、之では一体物が映る訳がない。

(陽明)先生の格物はいわば鏡を磨いて、透明にするという訳で、磨くという事に功夫を集中するのだから、透明になった後は、あらゆる物を何時までも、映し出す事が出来る。

諸君が、この道をちゃんと見極めたかったら、先ず自己の心に體認するよう心掛け、それを自己の外に、求めたりしないようにする事、それ以外にないのだ。

水源の無い数町歩の池水となるよりは、数尺四方でもいいから、水源があって生意のつきない、井戸であった方がいい。

善念が起きた時には、それを察知して、その善念を充実させ、悪念が起きた時には、それを察知して防ぎとめる。この知り、充実させ、また防ぎとめるのは志による。つまり天の聡明による、そしてそれは聖人が十全に具有しているのだが、学ぶ者はそれを保持すべく、努めねばならない。

ひたすらこの心を保持して、常に現存させること、それが学ぶというものだ。過去未来のことを思案して何のプラスがあるか、只心が放散するだけだ。

私が、現在功夫に努めているのは、何よりも善を為さんとの心を真切にしたいという事に尽きる。この心が真切で「善を見ればたちまち遷り、過ちがあればたちまち改める」という風である事、それが真切な功夫に他ならない。


りこういう風であれば、人欲は日に日に消え、天理は日に日に明らかとなる。只、情景を描く事ばかりを求め、或は効験を説くばかりであるのは、むしろ(理を外に求める」外馳の病を助長するだけで功夫ではない。

私の場合、功夫の眼目は只日に減らす事を求めるにあり。日に増やす事のあるのではない、一分でも人欲が減らされたら、つまり、それはその一分だけ天理を回復できたという事で、何と軽快なさばゞとした、そして何と簡易な事ではあるまいか。

理にそっていく事、それが善。気に振り回され(理から外れ)る事、それが悪だ。

悔悟は病を除く薬には違いないが、しかし此処で大事なのは(過ちを)改めるという事だ、もし悔いに捉われているだけであると、その薬が基になって別の病が起る。

朝から晩まで、若年から老年に至るまで、もし無念を求めるだけであったら、之こそ正真正銘の識知なしと謂うやつで、それは只昏睡であり枯木死灰であるに過ぎない。

美食は人の目を眼を盲にし、美声は人の耳を聾にし、美味は人の口を麻痺させ、騎馬狩猟は人の心を狂わせる。

私も若い頃から(17歳~31歳迄)老・仏の二氏に熱中し、既に会得する処ありと自分でも思い、儒は学ぶに足りないとまで考えていた。

その後、辺境の貴州に居る事三年、やがて聖人の学が、如何に簡易、且つ広大であるかを悟り、初めてそれまでの三十年間、何と精力を無駄に費消していた事か、と慨嘆し後悔した。

大体、二氏の学は深遠で在ると謂う点では、聖人の学とほとんど毛ほどの差もあるかないかである。だが今君が学んでいるものはと謂えば、その「カス」でしかなく、にうつも拘らずそれ程に自らを信じ、又打ち込んでいると謂うのは、実に「梟が腐った鼠を後生大事に守っている」というものでないか。

先生は、平素から世間の非難や迫害を物とせず、万死はしても一生は難い、と謂うほどの困苦のうちを行き着く間もなく、講学に勤しみ、只々吾人がこの道を忘れて、功利機略に溺れ、日毎に夷狄禽獣の類に堕落しながら、しかもそれを自覚しない、と謂う事の無いるよう、それだけを居られた。

その万物一体の心によって、終身の事を説いて止まず、斃れてのち初めて止むという、次第であった。

三代の殆んどが、衰微するや王道は終息して、覇術が盛んとなり、やがて孔子が没して後は、聖学は晦く邪説が横行するようになり、かくて覇者の輩はうまく先生の真似をして、外面を仮飾し、その内側で私己の欲を遂げ、これが天下を風靡して、人々は一斉にこれに習い、聖人の道は遂に、荒野に埋没してしまう事になった。

人々は富強に成る為の理論を追求し、他国の転覆を謀る、話術攻撃の計画など、凡そ天を欺き人を偽り、一時の満足を餌に、名利を奪取する術策を弄した。

こういう状況の下に、訓詁学は起こり、様々の注釈によって名声を競い、又、記誦の学が生れ、古典の暗誦によって博識を誇り、修辞の学が起こって華麗な詩文を競い合うようになった。

このような学が、雑然と天下に群起して立ち並び、その学派たるや数も知れず、万径千路が入り混じって、どの道を執るべきか、皆目分らぬ有様となった。

世の学ぶ者達は、総合娯楽上に入り込んだようなもので、諧謔、跳舞、奇術、軽業、笑劇やら女形などが、四方からどっと、せり出して来て、前を見るやら後ろを眺めるやら、応対の暇もない。

この為、目は眩み、耳は鳴り、頭はぼうっと成ったまま、朝から晩まで、その中にへたり込み、彷徨うばかりで、まるでフウテン病者か、精神喪失者の様になってしまい、本来の家業に就く事も、忘れ果ててしまう有様なのです。

当時君主達も、皆それらの所説に溺惑し、無用の虚文を作る事に、一生浮身をやつし、自身でも自分が、何を言っているのか判らない。

その中に在っては、偶には其の空疎且つ虚妄で在る事、又支離に行き詰まっている事に気付いて、高らかに奮い立ち、現実の行為の上で、実証しようと志す者もあったが、しかしあるその行き着く所はは、結局、富強・功利・五覇の事業の展開を、出る事は出来なかった。

このように、聖人の学は日に遠く日に晦く、功利の風習は益々止まる所を知らず、その間に仏教・老荘の学に耳目を惹かれる事もあったが、此の仏教・老荘の説も功利の心に勝つ事は、遂に出来なかった。

更に又、群儒がそれぞれの見解を折衷し、綜合した事もあったが、その群儒の論に依っても功利の見を破る事は、遂に出来なかった。




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  • 最終更新:2013-07-26 14:09:26

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